「地球 おはなし村」のできるまで 江口一久
『北部カメルーン・フルベ族の民間説話集』
わたしは北部カメルーンのフルベ族のところで、昔話をきいたり、おしゃべりをしているうちにもうすこしで、四十年になります。昔話はいままで数千話をあつめました。そのうち、千二百話ほどは、1996年から2000年にかけて、『北部カメルーン・フルベ族の民間説話集』(京都・松香堂)として、全五巻本を出版することができました。どの巻も、先輩で、縄文研究で有名な小山修三さんによると、「枕にすることができる」ほどおおきなものです。本の半分は、それがかたられたままのフルベ族のことばでかかれています。残りの半分は、その忠実な訳と解説です。この五巻本をみて、これまた先輩で、ブータン研究で名をはせた栗田靖之さんは、その当時展示委員長をしていたのですが、わたしに、「その本にあるような目にみえない昔話を展示してみないか」といわれました。わたしは、即座に返事はしなかったのですが、すこしかんがえたあと、展示を申しでました。その後、展示委員会、審査委員会などのデイスカッションをへて、展示をやっていいということになりました。
「目にみえない世界」 と 「目にみえる世界」
でも、展示がはじまるまで、二年間というものは、試行錯誤の毎日でした。どうして「目にみえないものをみせるか」というのが、もっともおおきな課題でした。つきつめれば、昔話は語り手と聞き手がいれば、それでよいということです。昔話は夜かたられます。ですから、最初、極端なことなのですが、聞き手にまっくらなホールにすわってもらい、そこで、ぼそぼそと、わたしが語りをすればよいくらいなことをかんがえていたのです。でも、なじみのない西アフリカの昔話をきいても、わからない人がいるのではないだろうかという疑問がわいてきました。西アフリカの昔話は、西アフリカの人びとの生活にねざしたものです。ですから、まずは、その生活がわかってもらわなければとおもうようになってきました。いわば、昔話は西アフリカの人びとの心や頭にある「目にみえない世界」です。でも、西アフリカの人たちも食べ物をたべたり、着物をきたり、ベッドでねていたりするわけですから、体にかかわるものは、「目にみえる世界」ということになります。展示は、この「目にみえない世界」と「目にみえる世界」で構成されるという結論になりました。
「目にみえる世界」 と ワークショップ
「目にみえる世界」というのは、物質文化とよばれるもの世界です。展示をするわけですから、ものが必要です。わたしはさっそく国立民族学博物館で収集したもののおさめてある収蔵庫にはいって、展示につかえそうなものをさがしました。北部カメルーンの昔話がかたられるところの資料はどれも、三十年まえにあつめたものばかりなので、いまつかわれていないものもあり、もう一度現地に収集にでかければならなくなりました。どいうことか、展示の一年前までに収集が完了していなければならないというきまりなるものにしたがって、2002年には、現地まで買出しにでかけました。
衣食住・楽
「目にみえる世界」は、いってみれば、衣食住の世界です。それでは、人間にとって、衣食住がすべてでしょうか。そんなことありません。楽器やおもちゃを例にとればわかります。これら、楽しみのためのものは、衣食住にはいっていません。ですから、わたしは、従来ある衣食住に「楽」という字をくわえて、「衣食住・楽」なる語をつくりました。昔話は、いわなくても、「楽」の目にみえない部分にはいりますから、それでよかったのです。
展示とワークショップ
ところで、展示の構想をねっているうちに、またべつの疑問がわいてきました。衣食住・楽の世界は、それにかかわるものを展示場にならべておけばよいか、そのもののまえにたくさんの文字をならべて説明をすればそれで、人びとの生活がわかるのでしょうか。モロコシの種をおいておいて、「現地の人はこれをたべています。こうして調理します」という説明でほんとうにわかってもらえるのでしょうか。世の中そんなに簡単ではありません。
わたしは、モロコシがどのようにしてうえられて、どのようにして、収穫されて、どのように調理されるかをみんなで体験しなくてはいけないおもっています。こうして、衣食住・楽すべてについて、体験しながら学ぶというワークショップという発想にいたったわけです。わたしは声をかけてあつまってきた仲間といっしょに、博物館の門のなかにちいさかったけれども畑をつくり、モロコシ、オクラ、ゴマ、ローゼレ、シコクビエなどをうえました。その収穫物を調理もしました。畑をつくるのは、淡路島にある景観園芸学校の新村義昭先生、西田利彦先生などのご指導でつくりました。
こうして、藍染、葦狩り、ジェンベ太鼓、バラフォンなどのワークショップにひろがっていきました。
ここで、すべてのワークショップに参加した人の名前をあげませんが、指導にあたってくださった方がたをあげていきます。藍染は、大阪芸術大学の井関和代さんのご指導をうけました。できた染物を服にまでぬうのは、滋賀女子短大の成田巳代子さんが中心になっておしえてくださいました。ジェンベ太鼓の演奏は河辺知美さんとジョーセフ・ンコシさんに指導してもらいました。ジョーセフ・ンコシさんは、どんな楽器でもひくことも、つくることもできます。西アフリカでは、楽器の奏者は、楽器の製作者です。ジョーセフ・ンコシさんのご指導で、2002年の夏、秋にかけて三台のバラフォン(シロフォン)をつくりました。
ワークショップが広がっていくと同時に、あれよあれよというあいだに、仲間の輪もひろがっていきました。
「西アフリカ おはなし村」
ところで、展示そのものの名前をどうするかという問題がおこってきました。わたしは、なんとなく、「西アフリカ おはなし村」という名称をえらびました。展示場に、もっともちいさな村の単位である西アフリカ風の屋敷をつくり、そこで、おはなしをすればよいくらいの気持ちで命名したのでした。わたしは、西アフリカのいちばん東にある北部カメルーンで、ずっと、仕事をつづけてきました。北部カメルーンというのは、衣食住・楽のさまざまな点で、西アフリカと共通しています。はじめは、西アフリカすべて、という気持ちがつよかったのですが、こちらの力不足で、不可能でした。そのかわり、西アフリカのいちばん東の端から西アフリカをみわたしながら、展示するということにしたのです。わたしだって、西アフリカを端から端まで旅行していますから、だいたいのことは、わかっているつもりでした。展示には、そのような旅行の経験もとりいれたつもりです。
そのうちに、この「西アフリカ おはなし村」という名称がみんなのあいだにひろがっていき、そのうち、ワークショップなどに参加する人はみんな「むらびと」ということになってきましたし、主唱者のわたしは、「村長」とよばれるようになってきたというわけです。
「子ども会議」
2002年春に「西アフリカ おはなし村」をどう開催するかという集まりで、桜美林大学で博物館学をおしえている安井亮さんが、「いままでの博物館は、大人の視点の展示しかしてこなかった、子どもの視点を大事にしなければならない」という発言をされました。わたしは、それはもっともだとおもったので、みんなと相談して、近畿一円といっても、大阪府中心なのですが、子どもさんたちにあつまってもらい、月一回ずつ「子ども会議」なるものをひらきました。そこで、子どもさんたちの意見や提案を吸収するようにしたのです。この子どもさんたちも、「おはなし村」のさまざまな、ワークショップにも、参加してもらいました。ここでよくわかったのですが、子どもさんには、おそろしいほどの、エネルギーがあるということです。この子ども会議は、献身的なボランティアーによってささえられました。
「目にみえない展示」 をささえる 「おはなしボランティアー」
「西アフリカ おはなし村」は、多数のボランティアーのおかげで開催することができました。このボランティアーについては、ゆっくりべつの場でかたりたいとおもいます。
いままでのべてきたのは、おもに、「西アフリカ おはなし村」のものをつかった「目にみえる展示」のことです。「目にみえる展示」の多少のみ見通しができてくると、心配になってきたのが、「目にみえない展示」です。つまり、どの昔話をどのように、だれが、かたるかということです。最初は、わたしがかたればすむとおもっていたのですが、よくかんがえたらそんなことはできません。なぜなら、朝10時から夕方5時まで、一週間六日間、六ヶ月のあいだ来館者にかたることのできる人などだれもいないからです。「西アフリカ おはなし村」といっておきながら、西アフリカの人がかたらないのも変です。
長い話をみじかくすると、かたがたにおねがいして、西アフリカのおはなしをかたってくださるボランティアーをさがしたのです。そうしたら、すでに語りの経験をもっている人も、これからやりたいという人たちも、いれると、はじめは、もうすこしで百名になるというほどの人たちにおあつまりいただきました。それで、多いときは、週数回、語りの練習会というのか、お稽古会をひらきました。そこで、語り手の方には、語り方だけではなく、西アフリカの文化、社会などについても、まなんでいただきました。
2003年の7月には、西アフリカのカメルーンからは、ウンマハーニ・ブーバさん、ジュレイハ・アーマドゥさん、アリゥーム・ヤークバさんに三ヶ月の予定できてもらいました。それに、客員教授サイブ・ナスルさんをいれると、カメルーンから4人がきたことになります。このカメルーンからのお客さんたちには、毎日、交代でおはなしをしてもらいました。通訳は、わたしがしました。
音楽ワークショップと語り
「西アフリカ おはなし村」にやってこられた方はわかっていただいたとおもいますが、展示場の中央には、バオバブの木、木をかこむようにして、「村長の小屋」、「新郎新婦の小屋」、「台所」と日除けがありました。西アフリカの人びとは、日中は、木陰や日除けのしたですごします。この展示場のいたるところで、ボランティアーの人たちが待機していて、展示物の説明をしたり、ワークショップのお世話をしました。
日除けのしたでは、朝十時から夕方まで、ほぼ毎時、三十分のあいだ語りがあり、残りの三十分は、ジェンベ太鼓のワークショップがありました。この太鼓ワークショップも、ずいぶん人気がありました。このワークショップは、アフリカからやってきたジョセフ・ンコシさんとサリヤ・カマラさんの指導でできたのですが、わすれてはならないのは、おおくのボランティアーの助けです。この人たちは、ジョセフさんや、サリヤさんほどはいかなくても、上手な人ばっかりでした。この人たちは、2002年からひらいている音楽ワークショップ参加者でした。毎週、土曜日には、音楽ワークショップ参加者による、演奏会がひらかれました。
「西アフリカ おはなし村」は、2003年7月から11月まで開催されました。おかげさまで、たくさんのボランティアーの献身的な働きのおかげで、もうすこしで、4万人になるというほどの来館者がやってきました。特筆すべきは、何度も何度も会場に足をはこんでくださったリピーターといわれる人がおおかったこと。口コミでやってきた人がおおかったこと。来館者の滞在時間がながかったことがあげられます。
この展示の企画段階から、展示がおわるまで、さまざまなワークショップ、講演会、勉強会、練習会などに参加した人が、「西アフリカ おはなし村」がおわったあとも、その人の輪をけさないために、なにか活動をするようにと、おっしゃってくださったので、冗談交じりで、「西アフリカ おはなし村」がおわったら、地球規模の「地球 おはなし村」をしましょうといっていましたが、だんだん、みんなが本気になってきて、「地球 おはなし村」を企画することになったのです。
「地球 おはなし村」
「西アフリカ おはなし村」は、西アフリカ、とくに、北部カメルーンに焦点を当てた催しでした。ところが、この地球上には、たくさんの地域があり、さまざまな人びとが、それぞれの社会をきずき、文化をもって、生活しています。いまは、グローバライゼション(地球化)の時代ともいわれます。ですから、やはり、「西アフリカ おはなし村」という名前をひろげて、「地球 おはなし村」にして、もっと対象をひろげて、活動をしなければならないとおもうのです。
「西アフリカ おはなし村」のモットーは、「かたりあう、つたえあう、ふれあう」でした。わたしは、このモットーが実行されたからこそ、いまでも、あのような活動をつづけてくれという人がたくさんいるのだとおもいます。この社会には、たくさんの人をひきつけるものがあります。それより、人の目をそらすものというのでしょうか。ところが、人間が人間であるために大切な、人と人との「かたりあう、つたえあう、ふれあう」機会、時間がすくなくなっていっているのではないでしょうか。わたしたちは、直接、とうといかけがいのない人生をいきている一人ひとりが、かたりあい、つたえあい、ふれあう機会をもちたいのです。
この地球というのは、気がついてみると、環境破壊などで、すこしずつ「青いみずもしたたる地球」から、「灰色の荒涼とした地球」になりつつあるのではないでしょうか。わたしたちは、地球に目をむけなくてはなりません。また、そこにすんでいる同時代の人びとのことがどこまで、わかっているでしょうか。もっともっと、地球のことをしらないといけないとおもいます。
世界ということばと、地球ということばは、よくにていますが、地球といったほうが、生態系とか、宇宙のなかの地球という位置が、よくわかるのでないでしょうか。
いまなぜおはなしなのか
わたしは昔話の役割に注目して、研究をしてきました。はなせばながくなるのですが、昔話は年長者と年若い人をつなぐ架け橋のようなものです。じつは、年長者はいっしょうかけて経験して手に入れた貴重な知恵や知識を昔話という「ことば」で年若い人たちにつたえるのです。その中心にあるのは、昔話がかたられる集団がいきのこるためのメッセージです。そこには、親切とか、勇気とか、知恵などの重要性がはいっています。昔話のなかには、人間が成長する過程に遭遇するありとあらゆる心理的葛藤をどうして、かいけつしたらよいかもおしえています。昔話には人間がいきていくのに必要なさまざまな基本的な教えがはいっているのです。すべてが、昔話で解決するわけではありませんが、わたしたちは、いつの時代も、基本にたちもどる必要があるとおもうので、昔話の語りを大事にしたいとおもっています。
単純なはなしなのですが、人は、かたれば気分がはれます。人生は、勉強ですから、この語りにも、さまざまなアプローチがあり、その技法なども、みがこうとおもえば、いくらでもみがくことができるでしょう。はなしにはタネがいります。このようなタネ作りも、「地球 おはなし村」がお手伝いできるとおもっています。
「地球 おはなし村」の活動は、「西アフリカ おはなし村」でやってきたことを発展させて、せまい展示場のなかでなく、ひろい世界で活動したいとおもっているのです。地球も自転しながらうごいています、わたしたちも、うごきながら、活動内容もかんがえていきたいとおもっています。
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