おはなしのへや 


おはなし村の おはなし

このへやでは、おはなし本文をのせていくつもりです。

どのおはなしも、村長が直接、現地の人から現地のことばで聞いて、それをダイレクトに日本語になおした、
世界でオンリーワンのおはなしです。




 10回目・・・・こちらは村長の旅行記で、話題にのぼったおはなしです。


マルアの盗人とガルアの盗人


『国立民族学博物館調査報告45』 2003年 375頁 より。

二人の人がいた。
一人はマルアのような町で盗人をしていた。
もう一人も、ガルアのような町で盗人をしていた。

さて、ガルアの盗人は マルアでなにがぬすめるか かんがえた。

さて、男は襤褸切れをさがした。
襤褸切れをさがすと、まっさらな布地を手にいれた。
男は襤褸切れをしばると、まっさらな布地をもってきて、そのうえをすこしおおっておいた。
人に、布地の束をはこんでいるようにおもわせるためだった。
わかったな。 男はそれをうりにいこうというわけだ。
わかるな。 男は男の町でどのようにしてぬすんだらよいか わからなかったからだ。
男はこのようにしておいて、べつの土地にいって、人をだまそうとしたわけだ。

さて、マルアの盗人があちらの土地 ガルアで、どのようにしたらぬすめるか かんがえた。
うまい考えがでてこなかった。
男は襤褸布の束をあつめた。
男は荷物をつくった。
男は塩をちいさなかわらけにいれてもってきた。
男はそれを荷物にできている穴のところにつけた。
その荷物がすべて塩であるかのようにおもわせるためだ。
男が塩を束にしたものをはこんでいるように おもわせるためだ。
ガルアの盗人がたちあがった。
マルアの盗人がたちあがった。
男たちはどんどんやってくる。
二人はやってくると、であった。
ガルアの盗人も 相手の男が盗人であるとはしらない。
マルアの盗人は、相手の男が盗人であるとはしらない。
ほんとうのこと、二人は盗人だ。
二人はおたがいのことがわからない。

さて、二人は木陰でであった。
二人はやすんでいるとき、挨拶をかわした。
一人が、「元気か」 という。
もう一人が、「元気だ」 という。
一人が「体は大丈夫か」 という。
もう一人が、「いまのところ大丈夫だ。おまえさんはどうか。この世の苦労はどうか。
計画をたててもできなかったことはあるか。それで、おまえさんの子どもたちはどうだ。
それで、おまえさんの仕事はなんだ」 という。

さて、ガルアの盗人がそれをうけて、
「おまえさんはそれをうれる。 どうしてうれないなどというのか。
みなさい。兄弟よ。 ここにわたしがはこんでいる荷物がある。
これはみんな布だ。 ガルアで布がやすくなった。 ここにわたしがはこんでいる荷物がある。
これはみんな布だ。 わたしはこれをもっていこうとしている。
わたしはおまえさんたちのところで布でもうけられるし、女たちは腰布にする布を手にいれられないときいた。
でも、わたしはこれをもっていって、市場でもうけようとおもっているのだ」 という。
さっそくマルアの盗人が、
「それでは、荷物を交換しよう。わたしはおまえさんたちのところで なにでもうけられるかわからない」 という。

さて、二人は荷物を交換した。
とちらも、相手をだましたとおもっているではないか。
荷物を交換すると、マルアの盗人は 布のはいっているという荷物をマルアのほうにはこんでいった。
もう一人は 塩のはいっている荷物をガルアのほうにはこんでいった。
どちらも、どんどんすすんでいく。
どちらも、相手をだましたとおもっているではないか。
どちらも、相手が取引をおもいとどまらないように、相手からにげきろうと、はしっていく。
二人は おたがいからとおくにはなれた。
マルアの盗人は マルアにちかづくと、荷物をほどいた。
男は、「不信心者め、わしはあいつをだましてやった。 きょうこそ、ひどい目にあわせてやった」 という。
男が荷物をあけてみると、塩はちいさなかわらけにはいっているだけだった。
男は、「あいつは不信心者だ。あいつは、アッラーに盗人の子としてうまれさせられたのだ」 といった。
この男は盗人なのに、盗人をののしっている。
男は、「あいつは、おそろしい盗人だ。あいつは、父無し子だ」 という。
もう一人の盗人はとおくにいき、ガルアにちかづくと、すわって、「ああ、あいつをだましてやった」 といった。
男が荷物をあけてみると、ほんのすこしあたらしい布地がはいっていただけで、
残りは役にたたない襤褸切れだった。
男は、「したがうべきものは、アッラーのみ。不信心者め。わしはぬすまれた。
あいつにぬすまれた。したがうべきものは、アッラーのみ」 といった。
二人とも、体から力がぬけていった。

この二人のうち どちらが、より上手に相手をだましたか。
おまえさんたちには、わかるだろう。

 (語り手 1971年11月21日、バーセーウォ村出身のアブドゥッラーイ・オスマーヌ、マルアにて)

  ◆ このおはなしは、2008年の「村長の旅行記・雑記」で話題にのぼりました。
     現実に こんな人がたくさんいるようです。   → 村長の旅行記・雑記






 9回目・・・・村長から和子さんへのお手紙で 話題にのぼったおはなしを1つ。



メッカにおまいりにいってきたネコ


『きのどくなハイエナ』 1984年  131頁 より。

あるネコが、メッカにおまいりにいって帰ってきました。

さてこのネコがネズミに出会いました。
ネコは、ネズミに出会いました。
ネコは、ネズミにお説教をしてやろうと言いました。
ネコは言いました。

「雨がふらない季節には、ウシの乳の出が悪いだろ。
朝しぼった乳は朝のうちに飲んでしまうのがふつうだ。
このたいせつな乳を、女が昼に自分の子に飲ますために家にとっておく。
このだいじな乳を、ネコが家にはいって飲んでしまうなんて とんでもないことさ。
おまけに飲んだ残りのはいっているヒョウタンをけっとばして、こぼしてしまうことほど悪いことはないさ。
ネコはもう、そんなことをやめないといけないのさ」

さて、それを聞いていたネズミは言いました。
「女が残しておいた、ほんの少しばかしのネレの実でできた味噌をネズミが食べてしまうのも、
ほんとうにいけないことなのさ。
ネズミはそんなことを、やめてしまうべきなのさ」

さてネズミはネコに、すぐもどってくるからと言って、自分の家に帰り、子どもたちに言いました。
「みんな、わたしたちの家にはいるための穴をなおしておいてよ。
お母さんはすぐにもどってくるから、どうせ、あのネコの言っていることなどわかってるからさ」

さて、ネズミの子どもたちは、家の入り口の穴を お母さんネズミがいつでもとびこめるように、なおしておきました。
ネズミはネコのところにもどると、ネコにいいました。
「ネコさん、それじゃ、わたしもういちどたしかめたいの。
女が自分の子どもに残しておいた乳をぬすみ飲みしたあと、残りの乳をこぼしてしまうことは
ほんとうは悪いことなの、悪くないことなの」

それをきいたとたん、ネコはネズミにとびかかっていきました。
ネズミはすぐさま穴にとびこみました。
こうして、ネコはネズミににげられてしまいました。
ネズミは家につくと、子どもたちに言いました。
「みんな、わかったかい。
メッカにおまいりにいったからって、ネコの目の色が変わるわけはないのさ」

これでおしまい。

 (語り手 イーサ・マング 1980年10月20日録音)

   ◆ メッカ : フルベ族の人たちはイスラム教(回教とも言う)を信じています。イスラム教徒は一生に一度
            サウディ・アラビアにある聖都メッカにおまいりにいきたいと思っています。

   ◆ このおはなし、2008年の「村長から和子さんへのおたより」で、話題にのぼっていました。
              → 村長へのおたより 2008年1月







 久しぶりの8回目・・・・ふかーいおはなしです。


人間の子どもとライオンの子ども


『西アフリカおはなし村』 2003年  52頁 より。

ちいさなお話、ちいさなお話。 ちいさなモロコシの節、ちいさなモロコシの節。
親のいない子どもの母親の頭のまん中にある切り株、バサッ。

女がいました。
その女には夫がいました。
女は身重でした。
女は薪をとりにいき、道にまよってしまいました。
女は道にまよい、ライオンが雄の子をうんだところにいき、すみつきました。
ライオンは雄の子をうみました。

女はときみちて、男の子をうみました。
ライオンの子どもと人間の子どもは、いっしょになりました。
人間の母親はでかけていくと、一日中食べ物をさがし、もどってくると自分の子どもにやります。
ライオンも、一日中、雌ウシや雌ヒツジを殺し、自分の子どもに肉をもってきてやります。
人間の子とライオンの子は、友だちになります。
人間の子とライオンの子は、いっしょにあそびます。

さて、人間の子とライオンの子は、いっしょにそだちました。
ライオンが獲物をもってくると、それをとり、自分の子どもにやります。
ライオンの子どもは、人間の子のところにいき、それをやります。
人間の子とライオンの子は、幼な友だちというわけで、いつもいっしょにあそびます。

ある日、ライオンの母親はでかけていって、女を殺してしまいました。
さて、ライオンは女の肉をもってかえってきました。

人間の子がいいました。
「いったいどうしてだい。 きょう、きみの母さんは、ぼくの母さんを殺してしまった」
ライオンの子がいいました。
「なんということだい。だまっていて。ぼくは、ぼくの母さんを殺す。ぼくときみとが残ればいい」

ライオンの母親が村にいっているあいだ、ライオンの子と人間の子は、一日中おとし穴をほりました。
穴はおおきいものでした。
ライオンの子と人間の子はその穴のなかで、火をたきました。

さて、ライオンの母親がかえってきました。
母親は子どものために雌ウシの肉をもってきてやりました。

母親は子どもにいいました。
「おいで、わたしの乳をすいなさい。わたしは、またでかけていくから」
子どもは母親にいいました。
「母さん、このゴザのうえにすわらないと、ぼくは、乳をすわない」

母親はゴザのうえにすわると、おとし穴の火のなかにおちていき、死んでしまいました。
そのあとに、人間の子とライオンの子がのこりました。
ライオンの子は、でかけていき、雌ウシを殺して、人間の子にもってきてやりました。
人間の子はそれを食べます。
人間の子とライオンの子は、幼な友だちでした。
人間の子とライオンの子は、いっしょにすんでいました。

とうとう、人間の子どもは、割礼をうける年になりました。
ライオンが雌ウシを殺しにいくと、人間の子は、でかけていき、村と村の子どもたちとあそびます。
人間の子は、村にいって、村の子どもたちとあそびます。

さて、子どもたちが池で水遊びをしています。子どもたちはあそんでいます。
一人の子どもがいいます。
「野原の子よ、ぼくらは割礼をうける」
「なんだって、ぼくも、ぼくの父親にたずねて、割礼をいっしょにうけよう」

さて、人間の子はかえってくると、ライオンの子にいいました。
「友よ、わかるな。村の子どもたちは、みんな割礼をうける。うけないのは、ぼくだけだ」
「それは簡単なことではないか。きみも、村の子どもたちと割礼をうければいいい。
きみは洗礼をうけ、割礼の傷をなおすのだ。
きみは割礼をうけたら、はしって、ぼくのところにもどってくればいい」
「そうする」

子どもたちに割礼をさずける日、人びとは子どもたちをつれてきます。
人間の子は、割礼をする小屋にはいりました。
人間の子どもは、割礼をする小屋にはいりました。
人びとは、人間の子にも割礼をほどこしました。
子どもは、はしって、ライオンのところにかえってきました。
ライオンはでかけていき、雌ウシを殺すと、人間の子にもってきてやりました。
人間の子はそれを食べます。
そのうちに、割礼の傷がなおりました。

とうとう、人間の子どもはおおきくなり、結婚してよい年頃になりました。
娘たちがあそんでいます。
ライオンは人間の子にいいました。
「いって、きみのすきな娘をえらぶのだ。
その娘たちのうちから、きみの気にいった娘と結婚すればいい。
もうぼくは、きみといるのがいやになった。
いっしょにいるだけで、きみも結婚しないし、ぼくも結婚できないというのはよくない」
人間の子は、「いいよ。文句はない」といいました。

人間の子はでかけていきました。
娘たちが夜遊びをしています。

ライオンはいいました。
「きみは、自分の気にいった娘がだれかぼくにいっておくれ。
ぼくは、いって、その娘をおそう。
きみは、その娘をくれないと、ライオンをおいはらわないというのだ」
人間の子は 「そうする」 といいました。

娘たちが夜遊びをしています。
ライオンはやってきて、王さまの娘にとびかかりました。
ほかの娘はにげて、家にかえってしまいました。
娘たちは家にかえっていいます。
「きょう、ライオンがやってきて、王さまの娘をたべている」

人びとがやってきて、一生懸命になって、ライオンを娘からはなそうとしますが。
ライオンはそこをのきませんでした。
とうとう人間の子がやってきました。

人間の子はいいました。
「おまえさんたちが、その娘をぼくのよめさんにくれるなら、ライオンを娘からはなしてやる」
「わしらは、あの娘をやる。おまえさんは、あの娘と結婚すればよい。
いって、娘からライオンをはなしてやれ」

男の子が棒をこのようにふると、ライオンはおきあがりました。
人びとは、男の子に、
「こい。その娘と結婚しろ」 といいました。

ライオンはでかけていっては、人びとからいろいろなものをうばい、人びとを殺し、
布などの荷物をうばい、男の子のところにもってきまいた。
男の子は、王さまの娘と結婚しました。

男の子はおちつきました。
ライオンが人間の子にいいました。
「夜がふけたら、バターをヒョウタンのスプーンにいれて、おくように。
ぼくがなくのをきいたら、きて、バターをぼくの頭から背中までぬっておくれ
(バターをクリームのようにして体にぬって、乾燥から体をまもる)」 といいました。
人間の子は、「いいよ、文句はない」 といいました。

ライオンがなくと、男の子はバターをもっていき、ライオンの頭から背中まで体中に、バターをぬりつけてやります。
ライオンは、いってしまいます。 いつもそうでした。

ある日、男の子はねようとして、部屋にはいりました。
そこにライオンがやってきてなきました。
男の子はいいました。
「なんというやつか。アッラーが、わたしのためにあいつを鎗でついてくださり、
あいつとわかれさせてくださるように」
ライオンはだまっていましたが、自分の耳でそのことばをききました。

さて、人間の子はだまりました。
ライオンがやってきました。
男の子は
「背中をだせ。バターをぬってやる」 といいました。
ライオンはいいました。
「いや、いい。 きみはぼくが槍につかれ、ぼくたちをわかれわかれにさせてくれといった。
ぼくの体にさわってみろ。 どこをみても損傷はない」
男の子は、ライオンの体にさわりました。
どこをみても、傷痕はありませんでした。

ライオンはいいました。
「きみのナイフをとり、ぼくの脇腹をさしてみろ」
「ぼくは、きみをナイフでささない」
「させ。もしささないなら、ぼくはきみを食べてやる。
「ぼくはきみをささない」

ライオンと男の子は、ながいこといいあっていましたが、男の子はライオンの脇腹をさしました。

さて、ライオンはどこかにいってしまいました。
野原に何年ものあいだいて、男の子のところにきませんでした。

さて、ライオンは、男の子のところにやってきました。
ライオンは、男の子のところににやってきました。

ライオンは、男の子にいいました。
「バターをとれ」
男の子はやってきて、バターをライオンの体にぬってやりました。
男の子は、ライオンの体中にぬりました。

「ぼくの体をすべてさわってみるんだ」
男の子は、ライオンの体にさわってみました。
「きみがさした傷痕は、どこにあるか」
男の子は体中をさわってみましたが、傷痕はみつかりませんでした。

「ぼくは、傷痕をみつけられない」
「傷痕はなおった。傷痕に毛もはえた。でも、きみのいったことばの傷はいえていない。
あのことばは、ぼくの手に負えない。ぼくはいまから死んでしまう。
ぼくが死んだらセンダンの葉をとり、それでぼくをおおってくれ」

ライオンは死んでしましました。
男の子は、センダンの葉をとると、ライオンの死体をおおったとさ。

お話はおしまい。
ニワトリの糞の蒸し焼きができた。

 (1995年1月17日、語り手 ダネージョ。 この話は、バングディ村でフルベ族のハディージャからきいたという)

   ◆ この話は、友情についていろいろかんがえさせてくれます。
      そしてまた、ことばの大切さをしらせてくれます





ハリネズミとコブラ


『北部カメルーン・フルベ族の民間説話集 T』 1996年 松香堂 87頁 より。

ハリネズミが、女のところにでかけていき、求婚している。
コブラもでかけていき、おなじ女に求婚した。
コブラは、女のところにお金をもっていく。
ハリネズミも、お金をもっていく。
女はどちらからもお金をうけとり、つかってしまう。

コブラはよこしまなことをいった。
女は、ハリネズミをこばんだ。
コブラは、その女と結婚した。
そのことで、ハリネズミは、心をいため、でかけていき、道によこになった。
ハリネズミは、コブラをおそおうとおもった。

コブラが、よめさんとやってきて、家にかえるところだった。
ハリネズミが、でてきて、コブラとたたかい、コブラの尾っぽをかんだ。
コブラは、身をひるがえし、ハリネズミをかもうとした。
ハリネズミは、まるくなった。
コブラは、針のうえからかんだ。
コブラの口から血がでてきた。
毒がコブラの体にはいった。
コブラは死んでしまった。

ハリネズミは、コブラのよめさんをよこどりして、家にかえっていった。

(1951年)





バッタとトカゲ


『北部カメルーン・フルベ族の民間説話集 U』 1997年 松香堂 47頁 より。

平安、なんじらにあれ。 
なんじらに、平安とアッラーの慈悲と祝福がありますように。

バッタとトカゲのあいだにあった話に 耳をかたむけよう。

バッタが、よめさんをもらった。
よめさんは、卵をはらみ、もうすこしで、卵をうみおとすところだった。

そこで、トカゲが、バッタのよめさんを のみこんでしまった。
バッタは、あっちこっちをうろつき、よめさんをさがし、仲間のバッタたちに、
「おまえさんたちは、卵をもっていて、もうすこしでそれをうみおとすことになっていた わたしのよめさんを
みなかったか」 とたずねた。
仲間のバッタたちは、
「おまえさんのよめさんは、トカゲがのみこんでしまった」 という。
バッタは、
「そうか」 という。
仲間のバッタたちは 
「そうだ」 という。
バッタは、
「よろしい、わたしは、わたしのよめさんをのみこんでしまったトカゲの一族のものの目をみえなくしてやる。
一族のもの、みんなの目をみえなくしてやる。わたしのよめさんをのみこんだトカゲから、そのよめさんまで、
みんな目をみえなくしてやる」 という。

さて、バッタたちが、
「どうして、おまえさんが、トカゲたちの目をみえなくすることができようか。バッタよ、うそをつくな」 といった。
バッタが、
「わたしは、うそをつかない。おまえさんたちは、おまえさんたちの目で、
わたしがトカゲ二匹の目をみえなくしてやり、そのトカゲをネコにくれてやるのをみるだろう」 といった。
バッタたちは、
「よろしい」 といった。

そこで、バッタは、とんでいくと、トカゲのところまでやってきて、トカゲの頭のうえにとまった。
トカゲが頭をあげて、バッタを尾っぽからのみこもうとする。
バッタは、自分の脚をひろげた。
わかっているとおもうが、バッタの脚には、刺がはえている。
バッタの二本の脚は、トカゲの両目をぐさっとついた。
トカゲが、
「ああ。いそげ。はやくこい。おまえ。いそげ。たすけてくれ。目がみえなくなった」 という。
トカゲのよめさんが、
「なにに目をみえなくされたのか」 という。
トカゲが、
「バッタに目をみえなくされたのだ」 という。
トカゲのよめさんが、
「バッタごときに、目をみえなくされたって」 という。
トカゲが、
「きてみろ」 という。
トカゲのよめさんが、やってくると、むこさんの目が、みえなくなっていた。
トカゲのよめさんも、そのバッタをさがして、のみこもうとした。
トカゲは、バッタを前足でつかまえた。
バッタは、けり、トカゲのよめさんの目をさして、その目をみえなくしてしまった。
バッタは、とんでいき、ネコに、
「こい、おまえさんは、なにをたべるか」 という。
ネコは、
「わたしのたべないものはない。おまえさんだって、手にはいれば、たべてやる。
おまえはとべるが、わたしは、とべないので、たべられない」 といった。
バッタは、
「それではわたしをたべないでおくれ。おまえさんの食べ物は、ネズミ、昆虫、コオロギ、トカゲなど
以外のものではない。こい。トカゲを二匹おまえさんにやる」 という。
ネコが、
「トカゲははしっていき、木にのぼり、わたしからにげてしまう」 という。

そこでバッタが、
「心配するな。おまえさん。二匹とも、目をみえなくしてあるから」 という。
ネコが、
「どのようにして、目をみえなくしたのか」 という。
バッタが、
「わたしは、わたしの脚でけり、目をみえなくしてやった」 という。
ネコが、
「よろしい。いこう。トカゲがみつからないか、その二匹の目が、みえなくなっていなかったら、
わたしは、その二匹にとびかかっていき、その二匹ににげられて、
わたしがそれをたべることができなかったら、おまえさんは、覚悟しておくんだ。
わたしがトカゲをみつけ、そのトカゲの目がみえていて、はしっていき、わたしからにげたら、
おまえさんが、どこにとんでいき、どこにはいっても、おまえさんをのみこんでやる。バッタよ」 といった。
バッタが
「よろしい。いこう」 といった。
バッタが、さきにいった。
ネコが、バッタについていった。
とうとう、バッタが、やってきて、
「そこをみなさい。それは、トカゲではないか」 という。
ネコが
「そうだ」 といい、 トカゲをつかまえた。
トカゲは目がみえなかった。
ネコは、トカゲをかみ、のみこんだ。
バッタが、
「そこにいるのもトカゲだろう」といった。
ネコは、そのトカゲもつかまえて、かんで、のみこんだ。

さて、ネコが、
「なるほど、バッタよ。おまえさんのいったことは、ほんとうだった。
おまえさんにも武器がある。アッラーが、おまえさんを祝福されんことを。
きょう、おまえさんは、わたしに朝飯をくわせてくれたし、晩飯もくわせてくれた」 という。

お話は、おしまい。

(1971年6月28日)






オンドリとつめたくなったカタガユ


『北部カメルーン・フルベ族の民間説話集 W』     
1999年 松香堂 67頁より。  

ちいさなお話、ちいさなお話。ちいさなモロコシの節、ちいさなモロコシの節。
カーネンブ族の母さんの頭のまんなかにある切り株、バサッ。

オンドリとつめたくなったカタガユが、いっしょに畑をつくった。
オンドリとつめたくなったカタガユが、朝、でかけていった。
オンドリとつめたくなったカタガユが、日がたかくなるまで、畑の草をとった。
オンドリが、
「つめたくなったカタガユよ、わたしはつかれた」 という。
つめたくなったカタガユが、
「そうか」 という。

オンドリは、さきに家にかえってきて、穀物倉の突起にぶらさげてあった 酸乳のはいったヒョウタンをとり、
入口からはいったところにおいておいた。
つめたくなったカタガユが、つかれてかえってきて、入口のところにたち、
「わたしは、どこをとおろうか」 という。
オンドリは、
「わたしは、とおれるところをとおっただけだ。 わたしは、とんだ。 おまえさんも、とべばよい」 といった。

つめたくなったカタガユがとぶと、酸乳のなかにはまってしまった。
つめたくなったカタガユが酸乳のなかにはいるとすぐに、オンドリは、いそいで
つめたくなったカタガユと酸乳をかきまぜて のんでしまったとさ。

お話は、おしまい。
ウサギの蒸し焼きができた。

(1961年11月23日、 語り手 ヤーウバ・ジャーレンゴル)






 6回目は トリックスターの ウサギが登場・・・


ゾウとカバの綱引き


『西アフリカ おはなし村』  30頁 より。

お話、お話。

ウサギとゾウが野原に出かけていきました。
ウサギはゾウにいいました。
「力くらべをしよう」
ウサギは 鉄でできた ながい綱をさがしてきて、いいました。
「ゾウくん、おまえさんが、あちらのほうをもちなさい」
ウサギはこんどは、カバのところにいって いいました。
「カバくん、おまえさんは あちらのほうをもちなさい。 きょうこそ、力くらべをしよう」

ウサギはもどってくると、綱のまんなかにすわり、綱をうごかし、ゾウにしらせました。
ウサギは綱をうごかし、カバにもしらせました。

ウサギはいいました。
「それでは、綱引きをはじめよう」

カバが一生懸命ひっぱります。
ゾウがひっぱり、カバがひっぱります。
ゾウがひっぱり、カバがひっぱります。
ゾウがひっぱり、カバがひっぱります。
カバもゾウもつかれてきました。

カバとゾウは、綱をたぐりよせながらやってくると、であいました。
カバとゾウは、野原のまんなかで であいました。

ゾウがいいました。
「カバくん、おまえさん、どうしたんだい」
「ゾウくん、おまえさん、どうしたんだい」
「ウサギが、わたしと力くらべをしようといったんだ」
「わたしにも、ウサギが力くらべをしようといったんだ」
ゾウがいいました。
「よろしい、わたしは、この野原のどこにいっても、いちばんえらい。
わたしは、わたしのところにくる動物はみんなしっている。
わたしは、ウサギが餌をさがすのを 邪魔してやる」

カバがいいました。
「よろしい。すべての水はわたしのものだ。
わたしは、水のあるところでは いちばんえらい。
ウサギには、水をのませない」

ゾウがいいました。
「よろしい。 きっと、そういうふうにしよう」

ゾウとカバは、ウサギに餌を食べさせないし、水を飲ませないと きめました。

さて、ウサギがあるいていると、ダイカーが死んでいました。
ダイカーの皮には ハエがいっぱいたかっていました。

ウジがわいていました。
ウサギはその皮をとるとかぶって、野原に餌を食べにいきました。

ウサギが野原にやってくると、ゾウがいいました。

ゾウはとおくからみています。
「ウサギくん」

ウサギはいいました。
「ウサギではない。ダイカーだ。
わたしをみたものは、死ぬ。 わたしがみたものも、死ぬ。
サワ・フルベ族(フルベ族の一部族)に 呪いをかけられたのだ」

ゾウがウサギにたずねました
「わたしをみたかい」

ウサギはこたえました。
「おまえさんをみていない」

ゾウはウサギをあとにのこし、いそいで野原にはいっていきました。
ウサギは餌を食べました。
満腹したので、水をのみにいきました。

さて、ウサギが水をのみにいくと カバがいいました。

カバがよびます。
「ウサギくん」

ウサギはいいます。
「ウサギではない。ダイカーだ。
わたしをみたものは死ぬ。 わたしがみたものも死ぬ」

カバはいいました。
「わたしをみたかい」

ウサギはこたえました。
「わたしは、おまえさんをみていない」

カバは 水のなかににげていきました。
ウサギは水を飲むと どこかにいってしまったとさ。

お話は、おしまい。

(1971年2月23日 語り手 カーウ・マダム、 当時、40歳くらいの男性)


    ◆  ちいさなウサギが知恵でおおきなゾウとカバをだまします。
       「知恵こそ力にまさる」 という フルベ族のことわざを、地でいく話といえます。
       子どもの 大人に対する気持ちを 代弁しているともいえます。





 またまたひさしぶり。 5回目はハイエナのおはなし 2つ・・・

 アフリカのお話には ハイエナがよく出てきます。
 わかっちゃいるけどやめられない・・・欲をすてられず、
 そのためにいつも失敗したり死んでしまったりする、
 かっこわるくて きのどくな存在です。


ハイエナと菓子の木


世界の昔話10 アフリカ<トーゴ> 『きのどくなハイエナ』 小峰書店 1984年3月 38頁 より。

ウサギが あっちこっちうろついているうちに、菓子のなる木を見つけました。
ウサギは 菓子を十個食べたいので、十個落ちてくるように と言いました。
菓子が十個 落ちてきました。
ウサギは、それをひろって 食べました。

ウサギは 子どもたちのために持って帰るので、三個落ちてくるように 言いました。
ウサギは それを持って帰ると、 二個は子どもたちにやり、もう一個はハイエナにやりました。
ハイエナは言いました。
「きみ、菓子の木がどこにあるか教えてくれたまえ」

ウサギが教えてやったので、ハイエナは菓子の木のあるところへでかけていくと、
その木の下に立ちどまって言いました。
ハイエナは、食べたいので 菓子が百個落ちてくるよう 言いました。
百個落ちてきました。

けれども、木の上には あとひとつ残っていました。
ハイエナは、さいごのひとつも落ちてこい と言いました。
でも、その菓子は落ちてきませんでした。

そこで、ハイエナは、木にのぼっていきました。
どんどんのぼっていくと、木の上に天の神さまの家がありました。

ハイエナは天の神さまに、タイコと縄をくださいと たのみました。
その縄を使って、木からぶらさがって タイコをたたけば、菓子が落ちてくると思ったからです。

さてハイエナは、天の神さまにもらった縄で からだをくくって木からぶらさがると、
菓子に向かって タイコをたたきだしました。

そこへ、ツバメがマンゴの実を持って 飛んできました。
ハイエナは、そのマンゴの実が熟れているかと ツバメにたずねました。
ツバメは 食べごろだと答えました。
ハイエナは その実がどうしてもほしくなりました。
ツバメは、マンゴの実を受けとれ と言いました。

ハイエナは、その実をツバメから受けとろうと思って 手をのばしたはずみに、
縄がほどけたので、木の下に落ちてしまいました。

ハイエナの頭は われてしまいました。

これでおしまい。

(語り手 チューモ・ヤークバ  1976年10月1日)






 かっこわるいハイエナのおはなし、もうひとつ・・・

ハイエナの夢


『西アフリカ おはなし村』  51頁 より。

お話、お話。

ハイエナは肉を食べている夢をみました。
肉はよくこえていました。
ハイエナは目をさましました。
ハイエナが目をさますと、肉がありませんでした。

ハイエナはイスラム教の先生のところにいってたずねました。
「夢でみたことが、どうしてそのとおりにならないのですか」
先生はいいました。
「ハイエナよ、あしたからおまえさんのみる夢は、ほんとうになる」

ハイエナはよこになって、ねむりました。
またしても、ハイエナは夢をみました。
夢のなかで、ハイエナはおいかけられ、つかまり、縄でしばられ、殺されかけます。

目をさますと、ハイエナはしばられていませんでした。

さて、ハイエナは先生のところにいき、
「わたしがみた夢がほんとうになるといわれましたが、ほんとうにならなくていいです」
と いいましたとさ。

お話は、おしまい。

(1999年、語り手 カーウ・マダム。当時65歳くらいの男性)


    
ハイエナの気持ちがよくわかりますね。 夢は、しょせん夢でしかないほうがいいのでしょう。





 ひさしぶりに4番目のおはなし。 
 2006年2月に藤白台小学校でご披露した、リスとカラスです。


リスとカラス


『西アフリカ おはなし村』  28頁 より。

お話、お話。

リスとカラスは、いっしょに仕事をして、畑をつくりました。

リスとカラスは、畑をたがやして、落花生をうえてしまいました。

さて、落花生がみのりかけました。
リスはカラスにないしょで、畑にでかけていくと、畑をほりかえし、おおおきなおおきな束をつくり、
それを頭にのせてかえります。

そのようなことがつづくので、カラスはいいました。
「だれがこの落花生をほりだすのだろう」
リスは、「わからない」といいました。

リスはあいかわらずカラスにないしょで畑をほりかえし、おおきなおおきな束をつくりました。

さて、カラスたちは、トリモチで人形をつくって、畑にたてておきました。

リスがいいました。
「きょうは、これくらいの束になるほどの落花生をほりにいく。
わたしは、わたしの頭にのせてくれる子どもを手にいれた」

リスは、これほどの束になるくらいの落花生をほりだし、トリモチの人形にむかっていいました。
「こい。これをわたしに頭にのせてくれ。こい。これをわたしの頭にのせてくれ」

リスは力をいれて、大声をだしていいました。
「わたしは、おまえをぶってやる」

リスは手をあげ、トリモチの人形をなぐりました。
手がトリモチの人形にひっついてしまいました。
リスはいいました。
「はなしてくれ。わたしは、もう一度、もう一方の手でぶってやる」
リスが人形をなぐると、もう一方の手も、人形にひっついてしまいました。

リスはいいました。
「わたしはおまえをけってやる。はなしてくれ」
リスが人形をけると、足が人形にひっついてしまいました。
リスはいいました。
「よし、それでももう片足がのこっているから、おまえをけってやる。はなしてくれ」
リスがもう一方の足でけると、その足も人形にひっついてしまいました。

リスはいいました。
「それでも、ご先祖さまからもらいうけたムチがのこっている」
リスは、尾っぽをふりまわすと、人形をたたきました。
尾っぽが人形にひっついてしまいました。

カラスがやってくると、そこにリスがいました。
「なるほど、リスくん、おまえさんの仕業だったのか」
「いやいや、わたしがくると、ここにこいつがいただけだ」

さて、カラスは、リスを肉にして、きれいにすると、塩をふり煮ました。

カラスがナベのところに立っていると、そこにカンムリヅルがやってきて、カラスをうしろからおしました。
カラスは、ナベのなかにおちてしまいました。
カラスも、リスの肉といっしょに煮えていき、すっかりうまくできあがりました。

カンムリヅルがやってきて、ナベのなかをのぞこうとしているところに、
ハイエナがやってきて、カンムリヅルをうしろからおしました。
カンムリヅルも、ナベのなかにおちてしまいました。

ハイエナは、リスとカラスと、カンムリヅルの肉を食べてしまったとさ。

お話は、おしまい。
 
(1972年1月1日 語り手 アーダム・ハンマン。 当時、17-8歳の男性)


    ◆ 昔話のなかでは、リスは知恵でもって、いつも相手をまかします。
       けれども、人びとはリスの存在を手放しでよろこんでいるのではありません。
       過度の悪知恵の行使がいけないこともしっています。
       この話は「タール・ベービー」という話として、世界中できくことができます。






3番目は、9月24日にメイシアターで ご披露する 本邦初のおはなしをひとつ・・・・

ハイエナは 野原で肉のはいった籠をひろいました。 
それが かれの運命の曲がり角になってしまったのです・・・・

 (※ リンク集にある「がっちゃんのホームページ」〈その7〉に、
     西アフリカ、カメルーンの鍛冶屋さんたちの写真がでていますよ。)




ハイエナと鍛冶屋


『北部カメルーン・フルベ族の民間説話集T』 松香堂 2頁 より。

平安、なんじらにあれ。まさに、なんじらに平安あれ。

さて、これから、ハイエナが鍛冶屋のところでなにをしたかという話をしよう。

ハイエナは、四日間あっちこっちをあるきまわったが、なにも食べるものが手にはいらなかった。

さて、ハイエナがやってくると、籠があるではないか。
でも、ハイエナは、その籠のなかに、短冊にきった肉がいっぱいはいっているということをしらなかった。
ハイエナは、籠を頭にのせてやってくると、鍛冶屋が仕事をしている。
ハイエナは、鍛冶屋に挨拶をした。
鍛冶屋は、挨拶をかえした。
ハイエナは、鍛冶屋と話をした。

さて、ハイエナは、鍛冶屋に、
「ここにお礼の籠がある。ここにぼくの鉄の塊がある。ナイフをつくっておくれ」という。
鍛冶屋は、「いいとも、まってくれ」という。
ハイエナは、腰をおろして、まつ。
鍛冶屋は、ヤリを二本つくり、それをおき、ハイエナの鉄の塊をとると、火のなかにいれた。
鍛冶屋の助手たちは、鉄の塊がまっかになるまで、ふいごで空気をおくった。
鍛冶屋は鉄の塊を火からとりだすとたたき、またそれを火のなかにもどした。
柄をつける部分をほそくすることができるようにするためだ。

さて、鍛冶屋は、いそいで籠にかぶせてあるものをほどいた。
鍛冶屋が籠をひらくと、ハイエナは、籠に肉がいっぱいはいっているということがわかる。
鍛冶屋は、その籠をふさぐと、そばにおいておいた。
ハイエナは、「鍛冶屋さん」という。
鍛冶屋は、「はい」とこたえる。
ハイエナは、「おまえさんは、そのナイフをどのようにつくったらいいか、わかっているんだろうね」といった。
鍛冶屋は、「いってくれるまでは、わからない」という。
ハイエナは、「ぼくが、おまえさんにいえというのなら、いってやろう。
そのナイフをそれでもって、星がうちおとせるほど、ながいものにしてほしい」という。
鍛冶屋は、「よろしい」という。

ハイエナは、
「そして、このナイフをそれをもってぼくの穴のなかにはいれるほど、みじかいものにしてほしい」という。
鍛冶屋は、「よろしい」といった。
ハイエナは、
「さて、それで、そのナイフをそれにハエがとまると、ハエがきれてしまうほど、するどいものにしてほしい」という。
鍛冶屋は、「わかった、よろしい」という。
ハイエナは、
「そこで、それから、そのナイフをもってぼくの子どもたちがあそべるほど、なまったものにしてほしい」という。

鍛冶屋は「なるほど。ハイエナさんよ」という。
ハイエナは、「はいはい」とこたえた。
鍛冶屋は「ほんとうのこと、そんなことはできるわけはない。
おまえさんは、その籠にいっぱい肉がはいっているということをしらなかった。
おまえさんは、籠をもっていきたいのだろう。
そうでなかったら、おなじナイフを、それで星がうてるほど、ながくしたり、
それをもって穴のなかにはいれるほど、みじかくしたり、
そのうえにハエがとまれないほどするどくして、
それをもっておまえさんの子どもがあそべるほど、にぶいものにしろなんて、むりだ。
わたしには、そんなものをつくることができない。おまえさんは、籠をもって、家にかえるがよい」という。

ハイエナは籠をもって家にかえる途中、キンジョキンジョワルという謎の動物にであう。

キンジョキンジョワルは、「ハイエナくん」と声をかけた。
ハイエナは、「はい」とこたえた。
キンジョキンジョワルは、「なにを頭にのせてはこんでいるんだ」という。
ハイエナは、キンジョキンジョワルに、
「なにをはこんでいるかときかれたら、あなたがたべる肉をはこんでいるとしかいえません。
わたしが、頭にのせてはこんでいるのも、わたしの体も、あなたさまの肉です。
なぜなら、キンジョキンジョワルは、ハイエナをたべるからです」という。
キンジョキンジョワルは、ハイエナに、
「よろしい。おまえが頭にのせてはこんできたものを、まずは地面におろせ」といった。
ハイエナはその籠を地面におろした。

キンジョキンジョワルは、ちかづいてくると籠のなかをのぞいて、肉をみつけ、
「ハイエナよ、おまえはこの肉をどこからもってきたのだ」といった。
ハイエナは、「わたしも、そのなかに肉がはいっているということが、わかりませんでした。
わたしは、それを野原でひろったのです。
その籠をもって、ナイフをつくってもらおうと、鍛冶屋のところにいきました。
鍛冶屋がその籠をあけてみると、なかに肉がはいっているではありませんか。
わたしは、鍛冶屋にナイフをどのようにつくってほしいかという注文をだしました。
鍛冶屋が、わたしに注文をききたいといったからです。
わたしは、そのナイフは、それで星がうてるほど、ながく、それをもってわたしが穴にはいれるほどみじかく、
ハエがそのうえにとまれないほど、するどく、わたしの子どもたちがそれをもってあそべるほど、
にぶいものにしてくれといいました。
そのとき、鍛冶屋は、わたしがその籠のなかにはいっている肉がほしいのだということが、わかったのです。
そこで、あなたさまに、おあいしたというわけです。
ここに肉がなくても、あなたさまは、わたしをたべてしまうでしょう。
肉のはいった籠をおとりになって、わたしをみのがしてください」
といった。

キンジョキンジョワルは、
「いやいや。その手にはのらんよ。わしは、おまえからさきにたべるのさ。
それでわしが満腹できないなら、おまえが頭にのせてはこんできた肉で、腹の足しにするさ」といった。

ハイエナは、「おっしゃるとおり。わたしは、覚悟ができています」といった。

キンジョキンジョワルは、ハイエナをたべてしまい、そのあと、肉をたべたとさ。

お話は、おしまい。






第2番目は、アキノイサムさんの絵でおなじみのおはなしです。

ハイエナにのったリス


『西アフリカおはなし村』    梨の木社 2003年7月  20-21頁 より。


ちいさなお話、ちいさなお話。
ケナフの刺をもったカーネンブ族の女の、頭のまんなかに一発くらわす。
バシッ。

リスとハイエナが、ある女にいいよりました。
リスはでかけていくと、その女にいいより、家にかえってきます。
ハイエナはでかけていくと、その女にいいより、家にかえってきます。
リスは、自分がいいよっている離婚したあと再婚をまっている女にいいました。
「なんだって。ぼくの奴隷がやってきて、おまえさんにいいよっているというのか。ぼくがおまえさんにいいよっているとき、ぼくのウマがやってきて、おまえさんにいいよっているというのか」

女はいいました。
「おまえさんは、ハイエナおじさんがおまえさんの奴隷だというの」

ハイエナは、リスのあとに女のところにでかけていきました。

女がいいました。
「リスが、おまえさんはリスの奴隷だといったよ」

ハイエナがいいました。
「リスのやつをつれてきて、その話にけりをつけよう」                

女は「いいわよ」 といいました。             

ハイエナは、リスのところにいっていいました。
「なんだって。リスくん。きみは、ぼくがきみの奴隷だというのかい」

リスはこたえます。
「なんだって。ぼくは、ずっと病気でねていたのに、きみは、ぼくがきみを、ぼくの奴隷だといったというのか。いやいや、ぼくは病人なのだ」

ハイエナがいいました。
「どうしても、女のところにいっしょにいかなければならない」
「ぼくは、いけない」
「どうしても、いかなくてはならない」
「ぼくは、病人だからいけない。ぼくは、なにかに乗らなければ、どうしていけるというのだ。それではぼくは、きみの背中にのっていく。つれていってくれ」
「それで、きみは、どういうふうにしてぼくの背中にのるつもりなのか」

リスが、「きみの口に轡(くつわ)をつけてくれ」 といいました。

ハイエナは、轡を自分の口につけました。
 
リスが、「鐙(あぶみ)をつけてくれ」 といいました。

ハイエナは、鐙をつけました。 

リスが「背中に敷物をしいてくれ」 といいました。

ハイエナは、自分の背中に敷物をしきました。
 
リスが、「できればぼくにムチをつくっておくれ」 といいました。
ハイエナは、ムチをつくりました。                                
さて、リスはとびはねると、ハイエナの背中にまたがりました。             
リスはとびはねて、ハイエナの背中にまたがると、ハイエナを走らせます。
リスは、鐙でハイエナの横腹をけり、手綱(たづな)をしっかりとにぎり、ハイエナにムチをあてました。
リスはハイエナをはしらせ、女のところにやってくると、ハイエナをとめました。
リスは、ハイエナをはしらせてもどってくると、ハイエナをとめました。

さて、女はよろこんで声をあげました。
ハイエナは、走って走って、そのうちにすっかり動けなくなってしまいました。

リスは、女の家にいる人にいいました。
「わたしのウマをもっていておくれ。もどってくるから」

さて、リスはとびはねると、その人とハイエナをあとにのこし、どこかへいってしまったとさ。

お話は、おしまい。                                          
                                  


(1969〜70年、語り手 ドゥードゥ・ザーニニ。当時、35,6歳の女性。もっとも話が上手だった一人)


 ◆ ハイエナはおそれられています。リスは頓知で、ハイエナをウマがわりにします。
    おそらく、リスは女性の心を手にいれることでしょう。






最初は、こぶとりじいさんカメルーン版?

西アフリカであっても、ヨーロッパであっても、日本の昔話によくにた筋をもつ話がおおいのにおどろかされます。でも、その背景や、主人公の性別や年齢などが日本のものとはちがいます。そこに、その地方の文化や風土の違いが感じられるのです。いまからもう、二十年ほどまえに、北部カメルーンの高原の町、ガウンデレの旧家できいた話はその典型的なものといえるでしょう。

 

二人のクンボと瘤

『北部カメルーン・フルベ族の民間説話集 アーダマーワ地方とベヌエ地方の話』 163 
(国立民族学博物館 調査報告 45、国立民族学博物館 2003)339-342頁 より。

クンボには、夫をともにするライバルがいた。
二人はいっしょにいた。クンボには瘤があった。
おまえさんは、瘤とはなにかしっているかい。
ウシの背中にある突起のようなものだ。瘤は人の背中にできる。
女には瘤があった。女のライバルにも瘤があった。

さて、ある日、女は木のしたにすわっていた。
女は真昼に糸をつむいでいる。

さて、女は雷の音をきいた。
雷の音だ。
女は雷の音をきいた。
女は、「なんの音なのか。どうして、雷なのか」といった。
女がうえをみた。

さて、女がみると、木のうえに老女がすわっていた。
老女の髪の毛はまっしろだった。
頭の毛はまるで、綿のように白かった。

さて、老女は女に、「クンボよ、おそれるな。すわっていなさい。けっしてにげないように」という。

さて、老女は木からおりた。
老女は、木からおりると、クンボのそばにすわった。

さて、老女はクンボに、「わたしがどうしてきたか、しっているか」という。
クンボは、「わからない」といった。

さて、クンボは老女に、「まず、挨拶をかわしましょう。あなたは、元気」という。
老女は、「元気だよ。よろしい。わたしがどうしてきたかしっているか」という。
クンボは「わからない」といった。
老女は、「わたしがどうしてきたかというと、おまえさんの心がきれいだからだ。おまえさんはわるくない。よろしい。わたしは、おまえさんが瘤をもっているのをみている。おまえさんの瘤がたいへんおもいということもしっている。おまえさんには、それをとりのぞく力がない。だから、わたしは、きょうおまえさんのところにやってきた。わたしはおまえさんにどうしたら、その瘤がとれるかおしえてあげよう」という。

さて、女は、「よろしい。おばあさん。あなたが瘤をとってくれるなら、それにこしたことはない。あなたが瘤をとってくれるまえに、お礼をいっておきます」という。
老女は女に、「よろしい。あすの朝、元気ならば、朝早く、一番鶏がなくとき、おまえさんは、おまえさんたちが水汲みにいく山にはしっていきなさい。山のそばに川がある。その山にいくのだ。そこにいくと、娘たちがあつまって、おどっているだろう。娘たちがおどっているのをみつけたら、おまえさんもその踊りのなかにはいっていくのだ。おまえさんはその娘たちとおどるのだ。おまえさんがやってきて、その踊りのなかにはいると、おまえのそばにいる娘に、はい、わたしの背中に子どもがいる。あずかっておくれ、わたしもおどれるようにといいなさい」という。
女は、「わかった、よろしい」といった。
老女は、「おまえさんが、背中をその娘のほうにむけ、その娘がおまえさんの瘤にふれ、瘤をおってしまうと、おまえさんははしりなさい。とまってはならない。家につくまで、うしろをふりかえってはならない」という。

さて、女は、「よろしい。ありがとう、おばあさん」という。

さて、老女は、「でも、わすれてはならない。(いくときをわすれて)けっしてねこんではならない」という。
女は、「今晩はねない」といった。
老女はどこかにいってしまった。
そのあくる日、明け方、一番鶏がなくのをきくと、女は、はしっていった。
女はむこさんにいってくるともいわなかった。むこさんは、もう一人のよめさんの小屋にいる。

さて、女ははしって、山のしたまでいった。
女がいくと、太鼓がさかんになっている。
娘たちがおどっている。

さて、女はやってくると、娘たちのなかにはいった。

さて、女は自分の隣にいる娘に、「ほら、この子どもをうけとっておくれ。わたしもおどるから」という。

さて、娘は、「よろしい」といい、手をさしのべて、女の瘤にさわって、腰をおり、瘤をからだにのせた。瘤は娘の背中についた。

さて、女はにげていった。
女はたちどまらなかった。女ははしっている。
女はふりかえらなかった。
女はどんどんはしっていき、とうとう、家についた。

さて、家につくと、小屋をあけて、小屋にはいった。
女はよこになった。
女は戸をしめた。
とうとう、夜があけて、朝になった。

さて、あたりがあかるくなると、女はおきあがり、戸口を掃除した。
戸口を掃除すると、女はいって、腰をおり、井戸で水をくんでいる。

さて、女のライバルは小屋の戸をあけて、むこさんとでてくる。
むこさんがライバルよりさきに戸をあけてでてきた。
むこさんがでてきた。

さて、むこさんは女が井戸で水をくんでいるのをみた。
女が井戸で水をくんでいるのをみて、男は、「クンボよ」といった。
女がそれにこたえた。
男が、「おまえか」という。
女は、「そう、わたしよ」という。
男が、「おまえの瘤はどこにあるのか。それとも、わしは夢をみているのか」といった。
男は何度も目をこすった。
男は夢をみているのだとおもった。

さて、女が、「わたしよ」といった。
男が、「おまえの瘤はどこにある」という。
女は、「わたしの瘤はもうない。わたしの瘤はとれた」といった。
男が、「おまえの瘤がとれたって」という。

さて、男は小屋のなかにもどっていき、「わしは、戸をあけた。わしは不思議なものにであった」といった。
クンボのライバルは男に、「なんなの」という。

さて、男はよめさんに、「さきほど小屋からでた。わしはおまえのライバルが井戸で水をくんでいるのをみた。ところが、瘤がみあたらないのだ。わしは、夢をみているのだとおもった。わしは目をこすっては、みなおした。目をこすってはみなおした。みてみると、瘤がなかった。わしはたずねた。クンボは瘤がとれたといった」という。
男はよめさんにその話をきかすと、「きて、みてみなさい」といった。クンボのライバルがでてきて、女をみると、瘤がとれていた。
クンボのライバルにも、瘤がある。

さて、クンボのライバルはとびあがり、地面にたおれた。
にくらしかったので、ないた。
クンボがやってきた。

さて、クンボがやってきた。
男とクンボはやってくると、ちいさな子どもにするように、女をなぐさめた。
二人は女に水をかけてやった。
女は正気をとりもどした。
二人は女を小屋のなかにはこんでいった。

さて、女は正気をとりもどした。

さて、クンボは、「瘤をとってもらうのはむつかしくない。なくほどのことはない。それはたやすい。おしえてあげる。きのう、わたしはその木のしたにすわって、糸をつむいでいた。さて、わたしはおおきな音をきいて、木のうえをみた。すると、木のうえに老女がいた。女は年をとっていた。頭は、まるで綿のようにしろかった。さて、老女はわたしをみて、わたしにこわがるな、すわっていなさいといった。こういうことで、やってきたといった。老女はやってきて、わたしの瘤がとれるには、こうしなければならないといった。よろしい、そういうこと。おまえさんにも、おしえてあげる。あすの朝、元気なら、おまえさんは山のしたの、おまえさんのしっているわたしたちが水汲みをする川のそばにいきなさい。いくと、そこで娘たちがおどっているだろう。おどっているのをみると、おまえさんはそこにいき、おまえさんの隣にいる娘に、ほら、わたしの背中に子どもがいる。子どもをあずかっておくれ、わたしもおどるといいなさい。娘が両手をさしだし、おまえさんの瘤をさわると、おまえさんははしるのだ。家にかえってくるまで、ふりかえってはいけない」という。
クンボのライバルは、「よろしい」という。
クンボのライバルは夜があけて、でかけていくのがまちどおしかった。
女は一晩中ねなかった。
とうとう、一番鶏がなくのをきくと、はしって、山のしたまでいった。
女がいくと、娘たちがおどっている。太鼓がさかんになっている。
娘たちは一晩中おどっている。

さて、女は隣にいる娘に、「はい、わたしの背中に子どもがいる。あずかっておくれ。わたしもおどる」という。

さて、娘はふりかえると、女に、「ほら、わたしの背中に子どもがいる。あずかっておくれ」といった。
ほんとうのこと、その瘤はクンボからもらったものだった。
そういうことで、娘はこのようにいったのだった。

さて、娘がやってきた。
娘は自分の背中についている瘤をとると、それをクンボのライバルの背中におしつけた。
瘤は娘の背中から、女の背中にうつってきた。

さて、娘たちはどこかにいってしまった。
太鼓をたたく人たちはにげていった。
娘たちはクンボのライバルをそこにのこした。
女はたって、ないている。

さて、女はたちあがると、おおきな瘤を二つ背中にもったまま、むこさんのいる家にかえれるわけがない。
家にはかえらないといった。
女はたちあがると、道をあるいていった。
女はどんどんあるいていく。

さて、女はいくと、川にとびこんだ。
女は一思いに死んでしまうといった。
女はいくと、川にとびこんだ。
川は女をこばんで、はきだして、すてたとさ。

わたしのお話は、おしまい。


(1983年1月22日、語り手 マータ・アルハジ・ベッロ・イーサ、ガウンデレにて。この話は父方のおばからきいたという)

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