村長の昔話講座  2006年 




 ドゥルンガスおばさんの昔話をきく                 

    2006年 3月25日 おはなし村ワークショップより

     

今年も、12月から3月まで、北部カメルーンのマルアというちいさな町にいて、
マタカム族のドゥルンガスおばさんから話をきいた。
ドゥルンガスおばさんは、年齢は五十歳から六十歳のあいだ。
わたしがフィールドワークをはじめた四十年ほどまえまで、
ドゥルンガスおばさんの故郷マンダラ山地のおおくの人は裸だった。
このドゥルンガスおばさんは、三十年ほどまえに、
マンダラ山地から百キロほどはなれたマルアにやってきて、
そのまま、マルアにいついている。

 ドゥルンガスおばさんの父親は、鍛冶屋の出身だったけれど、
他の人のように葬式や鉄作りにはたずさわらないで、石ころをつかった占いが得意で、
いろいろなところへでかけていって、行く先ざきで、昔話を手にいれた。
ドゥルンガスおばさんは、まだおさないときに、母親に死なれた。
ドゥルンガスおばさんのお父さんは長女のミトゥガイといっしょになって、
あたらしいよめさんをもらうまで、自分の九人の子どもの末っ子ドゥルンガスの世話をした。
いままで、ドゥルンガスおばさんから二百話ほどをきいたけれども、
その大部分が、父親か、姉からきいたものだった。
父親は娘にひもじいおもいをわすれさせるため、
さびしいおもいをさせないために語ったという。

いままで、マタカム族のべつの語り手ドゥヴァタマさんから三百話ほど聞きいたけれども、
その大部分はドゥルンガスおばさんの話と重複しない。
それは、ドゥルンガスおばさんの父親ゴンジャイがとおくまで旅をし、
そのときもちかえってたものがおおいためではないかとおもっている。
そのなかには、サハラ砂漠でしかきけないようなナツメヤシの木の話があるからである。

 ドゥルンガスおばさんの話はとにもかくにもおもしろい。
その理由として、まず最初にいえるのは、
語りの場に、おなじ山からやってきたマタカム族のウレーオさんがいたためだろう。
語りは、わたしの日除けでおこなわれる。
わたしとのここ数年のつきあいのおかげで、
おたがい心をゆるしあう仲になっているため、
ドゥルンガスおばさんは、のびのびした気持ちで話ができるのだろう。
ついでながら、ウレーオさんは、わたしの隣にいる友人で、
マタカム族の昔話のいわば「水先案内人」をつとめている。
おなじ屋敷にいるフルベ族のウンマハーニおばさんも、
ドゥルンガスおばさんがくると上手に歓待するのもいい雰囲気作りに役だっている。

 つぎに、どうしておもしろいかをみんなでかんがえてみると、
それは、ドゥルンガスおばさんの話をきいていると
まるで、そこにいるような気分になってくるからということになった。
つまり、ドゥルンガスおばさんの語りは臨場感がただよっているからなのだ。
調子にのると、はやくかたる。でもゆっくりしていることもある。
つまり、緩急自由自在がその秘密ではないだろうか。
いい音楽をつくろうとおもえば、緩急と強弱をコントロールしなくてはならない。
昔話もおなじだろう。
また、豊富な擬声語、擬態語が臨場感を演出している。
擬声語、擬態語には言語音の領域をはみでたようなものがおおい。
それが、音の世界をゆたかにしているといえる。
小鳥のように主人公が空を飛んでいく音とか、男性器で草をたたいて、
その草をやわらかくしているときにでる音とか
、体の軽い人がはしっていくときの音とか、
どれも、不思議な音ばかりだけれども、
きいいていると、それが目にみえるような気もちになってきて、笑いをさそうのだ。

 ドゥルンガスおばさんの属するマタカム族は、
フルフルデ語とはまったくちがうマタカム語を母語とする。
マタカム族はフルベ族の奴隷狩りの対象であったということもあって、
マタカム族のあいだではすすんでフルベ族の言語フルフルデ語をはなすそうとする人がすくなかった。
ドゥルンガスおばさんはマルアですむようになってから、
フルフルデ語の聖書をよむために、教会でつかわれるフルフルデ語をならったため、
教会の礼拝でつかわれるフルフルデ語からの影響がつよい。
一般に、フルベ族以外の人のつかうフルフルデ語は、
コイネー・ギリシャ語にならって、コイネー・フルフルデ語とよばれる。
地域共通語としてのフルフルデ語で、
部族語としてのフルベ族のフルフルデ語とは、区別される。
フルベ族は、コイネー・フルフルデ語のことを「阿呆のフルフルデ語」とよぶ。
でも、今日では、フルベ族の若者たちまでも、これをつかっているほどだ。
このコイネー・フルフルデ語のおかげで、
わたしも、ドゥルンガスおばさんの話をたのしむことができた。
わたしも、ここ十年ほどそこしずつ、マタカム語をまなんではいるが、
ドゥルンガスおばさんの昔話をすべてマタカム語できいていたら
これほど大量の昔話をたのしめなかっただろう。
むろん、わたしのマタカム語の知識は役にはたっている。
ドゥルンガスおばさんだって、マタカム語でないといえないことがたくさんあるからだ。
その一つ、動植物の名前、歌、それにさきほどのべた、擬音語、擬態語などがそうである。
慣用的表現は、もっぱらマタカム語だけ。
逆にいえば、このコイネー・フルフルデ語とマタカム語が結合することによって、
表現力がゆたかになっているといえる。


 ドゥルンガスおばさんの属するマタカム族は、
現在、おおくの人がキリスト教徒になっている。わずかながら、イスラム教徒もいる。
そして、そののこりが、祖先儀礼を中心とする伝統宗教をまもって生活している。
この人たちが、伝統宗教をすてて、キリスト教やイスラム教に入信したのは、
ここ四、五十年ほどのことである。
わたしが長年つきあってきたフルベ族は西アフリカにイスラム教をひろめた人たちである。
ここで、昔話を研究するものとして関心のあるのは、
大宗教が土着の昔話にどのような影響をあたえるのかということである。
たとえば、フルベ族の昔話では、ほとんど天上についてはかたらない。
ところが、ドゥルンガスおばさんの昔話では、しばしば人や動物は天上と地上をいききする。
キリスト教やイスラム教で、天が神とむすびついてかんがえられ、
特別扱いされるのとくらべるとえらくちがう。
そのへんが、わたしにとって、新鮮なのだ。
イスラム教徒フルベ族の昔話をきいていると、そこにはイスラム的合理性がみられる。
けれども、マタカム族の昔話では、非合理ながら、原初的な生命力にみちているといえる。
たとえば、英雄が怪物を退治する。英雄は、その怪物の肉を村人みんなとわけあってたべる。
でも、村人は、その怪物の頭があまりにも醜いので、家にもってかえらない。
鍛冶屋たちは、その「めずらしい頭」をよろこび、ビールをつくって、みんなで料理してたべてしまう。
イスラム教では、そんな肉をみんなでたべるわけがない。

 むろん、フルベ族の話も、マタカム族のなかにしのびこんでいく。
ドゥルンガスおばさんが、マルアで隣のフルベ族から聞いた話とか、
イスラム教に改宗したおじから聞いた話などがそれにあたる。
でも、不思議なことに、ドゥルンガスおばさんがかたると、
それもみんなマタカム族の話にきこえてくるからだ。
そのへんに、ドゥルンガスおばさんの語りの才能がみられるといえる。


 かえるまぎわに、「ウサギとカメの競走」の話をきいた。
この話では、カメがかけっこをするコースにウサギのだいすきな甘い木の実をどっさりとおいておく。
カメはウサギがその木の実をたべているあいだに、ゴールについてしまう。
カメルーン南部にある、カメが自分とおなじサイズの仲間をコースにかくしておいて
カメをだまして、競走にかつというのとはちがう話がきけてうれしかった。

 現地では、いま、昼間四十数度になる。
はやく涼しいところにいきたいとおもっていたのに、
涼しいところにいると、あの酷暑の地がこいしくてしかたがない。
それは、おそらく原初的な昔話のためだろう。

      (2006年3月25日  地球おはなし村・村長 江口一久 記)

  事務局から

  この村長のおはなしは、帰国直後の 2006年3月25日、
  おはなし村ワークショップで うかがったものです。
 
  私たちだけで独占しておくには、あまりにももったいないので、
  さわりだけを ホームページに載せちゃいました。
  おはなし村にご入会いただければ、上の「擬態語」もふくめて、
  臨場感あふれるおはなしがきけます。

  村長は、これから どんどんこんなワークショップや昔話講座をおこなうんだ、と
  意気込んでおられます。

  みなさん、ちょっとでもご興味のある方がおられましたら、
  ぜひ一度のぞきにきてください。

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